谷口輝世子Kiyoko Taniguchi

米国在住のライター。日本ではスポーツ紙の記者をしていました。スポーツ取材が中心です。

三十分68ドル

30分68ドル
 私の近所には子どもを持つ親向けのフリーペーパーがスーパーや図書館、スポーツ施設などで配布されている。

 内容は子どもを対象とした地域の催し、イベントの告知などが主である。広告主は音楽教室、スポーツ教室、幼稚園、私立小学校が多い。そしていわゆる「発達障がい児」を対象にした各種セラピー、療法の広告が、数えたところ今月号は10件あった。

 私もこの広告を見て、二男のために言語療法を申し込んだことがある。彼が四歳のとき、保育園の先生から、話を聞いていなかったり、お絵かきや塗り絵などの課題に興味を示さないことを指摘され、発達検査を受けるよう勧められたからだ。

 私自身も、言葉が遅くぼーっとしている二男の様子がいつも気になっていた。何かつまづきがあるのだったら、親として「早期発見」してあげないといけないという重圧と「学校でみんなといっしょに勉強できるのか」という近い将来への不安が大きかった。

 だから、家の近くにあり、全米から子どもが集まってきているという民間のセンターに電話予約した。このセンターのトップによる約30分の検査を受けるのには200ドル(約2万円)が必要だった。でも、そのときの私は「お金で何とかできるのなら」とさえ、考えていた。

 検査はカードを見せて話を組み立てさせたり、ぬいぐるみを動かして、目で追わせてみたり。自閉的なところはないようだが、言葉が遅れているので、週2回の言語療法に来るように言われた。

 スピーチセラピーはマンツーマンで1回30分。親は隣室のマジックミラーから一部始終を見守り、家庭でも同じような訓練をするようにと言われた。セラピストはただでさえ落ち着きのない子どもにおもちゃを与えて、機嫌をとりながら「足に履くものを5つ言ってください」とか、カードをスピード感を持って見せながら「何をしているところか」などと聞いていた。

 この訓練は保険適用外で30分で68ドルする。マジックミラーから子どもの様子を見ているとき、子どもがセラピストの問いかけに答えず、おもちゃで遊んでいると、私はなんだか腹が立った。10分も無駄にしたら、20ドル以上を捨てていることになると…。

 68ドルを支払うことの葛藤は続いた。費用対効果も考えた。半年間通ったけれど、死期の迫った父の介護のため、子ども連れで一ヶ月間、日本に帰国することになったので、それを理由に辞めた。

 私にこの子なりに何とかやっていけそうだという手ごたえがあったことと、5歳から公立小学校で言語療法を受けられることが決まっていたので、辞めた。

 公立学校での各種セラピーはひとりひとりが適切な教育を受けることを保障した法律に基づいている。これは、当然、無料である。今、全米で600万人の子どもが公的なセラピー、療法を受けているといわれる。二男の20人学級でも2、3人は校内で何らかのセラピーを受けている。平均より何か苦手なところがあると何らかの「支援」を受けさせるといっても過言ではないだろう。それゆえに600万人という数の多さも納得できる。

 二男は今年の四月に年齢相応に追いついたという判断で学校のセラピーから外れることになっている。ただ、クラスで課題ができないとき、物をなくしたとき、先生に注意されたときに、イライラする、すぐに泣くことが多いので、学校側から「感情面のセラピーを受けることを検討しましょうか」と提案された。

 しかし、彼の苦手なところをなんとかするために、民間のセラピストショッピングする予定は、今のところない。お金を払うのがしんどいこと。親として二男との日常生活に困っていないこと。それと、この2年間で私が「人生いろいろ、子どももいろいろ」と感じるようになったからだ。