スポーツファンの危うい面

 親がファンになるとき

 子どもはスポーツをすることを楽しみ、親は子どもがスポーツするのを見て楽しむ。夕食時の話題が、その日の試合や練習になるのも、むしろ当然なことだろう。家族の暮らし中心とはいわないまでも、スポーツの存在は小さくない。

 うまくいけば、それは、草野球や草サッカー、ゴルフなどを楽む大人たちが、試合後に飲食しながら、お互いのプレーをほめたり、珍プレーだったと笑ったりするような和やかな雰囲気になるかもしれない。

 しかし、子どもの親であることよりも、試合を観戦するファンの方に軸足を置くと、ファンの危ない面が表に出てくる場合がある。

 私は、普段からプロスポーツの観戦が好きで興奮しやすい親ほど、「子ども」よりも「試合」を見ることになりやすいのではないかと思う。

 スポーツのファンは選手の身体を同化して興奮する。そして、ときには暴徒化するのもよく聞く話だ。暴徒、フーリーガンはバカ騒ぎ、血気盛ん、口汚く罵るなどの軽い非行から、集団で暴力的で破壊的な大掛かりな喧嘩までを含んでいる。

 たいていのプロスポーツでは選手たちと観客席は区切られていて接触することはない。NFLでは、観客の混乱を避けるため、選手側にもファンと接触することを禁じていて、ファンと雪合戦をして遊んだ選手が罰金を徴収されたこともあるほどだ。

 しかし、試合をしている子どもは、それが終われば、ファンだった親とともに家に帰る。ファンと選手であり、親と子である。ファンとしての試合の興奮が冷めず、帰りの車のなかで、子どもを罵ることがあるかもしれない。

 プロスポーツなら1人のファンが直接、コーチや監督を批判することは難しいが、親はすぐそこにいる子どもの指導者を批判することもできる。

 ミシガン州の高校スポーツでは二十四時間ルールというものがあり、試合終了後二十四時間は、親はコーチとは話をしてはいけないことになっている。

 私の子どもがやっているアイスホッケーも試合前と試合後の三十分は親はロッカールームに入ってはいけないことになっている。相手チームのロッカーには試合前後に限らず、入ってはいけない。

 私の身近なところでも、「ファン」である親がプチフーリガン化した過去があり、この規則が作られたのは言うまでもない。

 あした以降の予告ですが、「家族の娯楽としてうまくいっている場合でも」 というのと、「どうしたら親のフーリガン化を防げるか」というの書いてみます。