ミゲル・カブレラとデトロイト

昨日、デトロイトでの開幕戦を取材してきて、ブログにカブレラのことを書こうかと思っていたので、ちょうどよかった。

週刊ダイヤモンドのウェブ版に

財政破綻のデトロイトで大リーグ最高額 カブレラの契約更新が映す超格差社会 | American Sports Biz の歩き方 | デイリー・ダイヤモンド

このような記事が掲載されていた。

米大リーグ、タイガースは昨年夏に財政破たんしたデトロイト市に本拠地を置く。

ミゲル・カブレラ内野手は、タイガースの主砲、球界屈指のスラッガーであるだけでなく、大リーグ史上最強打者のひとりである

そのカブレラが10年総額2億9200万ドルという巨額で契約した。

あまりに大きな金額であるので、米国の新聞記事には、彼の一打席分は、米国人の平均年収をやや上回るなどと、庶民の感覚に換算したものが書き込まれていた。

デトロイト市の財政は破綻し、住んでいるのは貧困層の人がほとんど。少しでもお金がある人は、郊外へ出ていっている。

デトロイト市の住民と、カブレラの年俸の差は、この記事のとおり、米国の格差社会を表すものともいえるだろう。

しかし、カブレラの年俸総額が巨額であること、また、タイガース球団がそれを支払うことは、デトロイト市民にとっては悪いことばかりではない。

タイガースや、NFLのライオンズ、NHLのレッドウイングスが市内を本拠地としていることで、スポーツイベントのたびに、外部から人がやってくる。

デトロイト市内は人口が減少しているが、タイガースは06年にワールドシリーズに進出するなど、優勝争いをするようになってから、観客動員を伸ばしている。

大勢の人がやってくるということは、駐車場の管理や球場の売店や売り子、清掃などを担当する仕事が発生することでもある。こういった仕事に就いている多くの人たちは、デトロイト市に住む人が多い。

大リーグ屈指の強打者が、チームをワールドシリーズ優勝に導いてくれれば、それだけ地元にもお金が落ちる。今シーズンもカブレラが中心になって球場を満員にしてくれれば、球場内だけでなく、周辺の駐車料金は上がり、飲食業やカジノにもお金が落ちる。

そりゃ、スポーツ産業だけで市が立て直せるとは思えないから、こんなことでは問題の解決にはならないとは思う。

これは昨年のプレーオフでも記事にしているけれども、デトロイト市にとっては、本拠地球場であるコメリカパーク建設の際に投入した公的資金がどのくらい回収されているのかということのほうが重要だろう。http://punta.jp/archives/19514

タイガース球団とイリッチオーナーはチャリティとしてデトロイトにも多額の寄付をしている。カブレラ自身も社会貢献している選手に与えられるロベルト・クレメンテ賞のチーム代表になるなど、地域への還元につとめている。

(世界で最も優れた野球選手であるということが、あまりにも巨額なお金を手に入れることにつながるのは不思議なことである。野球創世記以前なら、1セントにもならなかったかもしれない。メジャーリーガーでもマトモな感覚の人は、巨額年俸は自分が湯水のように使うためでなく選手を評価する数字だと考えている。だから、高額な年俸を稼いでいる選手なかには、熱心にチャリティ活動している人がいるのだと思う。デトロイトとは事情が違うけども、ドミニカ共和国では、メジャーリーガーが巨額の米ドルを稼いで帰ってきて、病院や教会を建設するなど、実際の街づくりの一部も担っている)

昨日の開幕戦では、選手紹介でカブレラが登場した瞬間には、他の選手にも増して大きな声援が起こっていた。

開幕当日、球場にいなかった観客も含めて、タイガースファンにしてみれば巨額の長期契約は「恐らく引退するまでタイガースでプレーするつもりである」という、うれしい出来事なのである。

もちろん、今は喜んでいるファンであっても、カブレラが額面に見合う活躍をしなければ、ブーイングする可能性は多いにある。

財政破たんしたデトロイトと米国の格差社会を考えるとき、私にとっては、デトロイト市民とカブレラの収入の差というイメージではない。

思い浮かぶのは、球場関連の仕事についているデトロイト市民と、カブレラやタイガースの試合を見に来る郊外の人たちだ。もちろん、デトロイト市内に住む人だって、試合観戦に出かけるだろうが、郊外、州内からのファン層が多いと私は感じている。

デトロイトの郊外にあるオークランド郡は全米レベルでも比較的裕福な郡である。市の破たんは自動車産業の斜陽も理由に挙げられたが、郊外には自動車メーカーや部品会社に勤める人も多く住んでいる。食べていくには困らず、たまにはカブレラを見にいくだけの余裕がある。

もしも、タイガース球団がカブレラの年俸を支払うために、球場のチケット料金や場内の飲食代を値上げするとしたら、デトロイト郊外のミドル層からアッパーミドル層の観客がそれを負担するだろう。

カブレラを見に数十ドルから数百ドルのお金を払ってチケットを買う人たちと、カブレラを見に来た人たちを相手に時間給で働く人たち。

例えば日本だったら、球場の清掃担当の人であっても、休みの日には試合観戦をすることもあるかもしれない。

しかし、タイガースの本拠地、コメリカパークで私が感じるのは、球場で働く人たちと、球場で野球を見る人たちが、あまり入れ替わることはないのだろうということ。服装も、車の有無(車種の違いだけでなく)も、そして肌の色も違うということ。これはNBAの試合会場でも感じたことだ。スーパーボウルなどは、チケットの料金が高いので、観る人と観る人にサービスをする人は、もっと「入れ替わらない」「入れ替われない」感が大きいのかもしれない。

それにしても、あまりにも大きなお金。カブレラが故障したり、急激に衰えた場合には、タイガース球団の大失敗ということになる。

書きながら、今、ちょっと思いついたことがあったんだけど、これは明日以降の宿題にする。

おわり。