谷口輝世子Kiyoko Taniguchi

米国在住のライター。日本ではスポーツ紙の記者をしていました。スポーツ取材が中心です。

米国高校運動部創生期

今週はこちらの本を読んでいます。

The Rise of American High School Sports and the Search for Control, 1880-1930 (Sports and Entertainment)

 

米国高校運動部の成り立ちと、学校や大人がこれらをどのようにコントロールしようとしたかということが書かれています。

今日はまず、米国高校運動部がどのように生まれ、どのようなきっかけで学校側の管理下におかれるようになったのかについてまとめてみたいと思います。

米国では高校生という立場の人がスポーツを楽しむようになったのは1700年代。全寮制の学校で生徒たちがレクリエーションとして楽しんでいたのが最初のようです。

1800年代には米北東部や中西部など私立高校でも野球やアメリカンフットボールをする生徒たちが出てきます。この時点では学校は関与しておらず、高校生たちは自主的な活動として、地域の大人のクラブや大学運動部の運営方法を模倣しながら、大人のクラブや大学の新入生チーム、他校との試合も行っていました。

1890年ごろから米国では多くの公立高校が開校されていきます。そのため、1890年代から1900年代にかけて「高校生」の人数が急増。これらの公立高校でも、学校がほとんど関与しない生徒の自主的な活動としてアメリカンフットボール、野球がはじまります。

学校対抗の形はとっていても、他校の生徒が混じっていたり、ユニホームや学校のカラーもなく、大人の指導者もいない状態。生徒たちの中からキャプテンを選び、キャプテンが主にコーチの役割を果たし、スチューデントマネージャーがお金の管理、対戦スケジュールを担当していたようです。

1896年にはニュージャージー州で生徒たちによって「ニュージャージー高校体育協会」が立ち上げられます。

野球やアメリカンフットボールの試合は2校が対戦しますが、参加者が多かった陸上競技大会も行われるようになったころから、生徒たちは会場手配などに大人の手をかりていたようです。シカゴではイリノイ大学が高校陸上競技会のスポンサーになっています。

さらに生徒たちは自分たちの活動資金を集めるために、競技会の観戦を有料とすることも決定します。すごいな高校生…。

なぜ、生徒によってここまで自主的に運営されていたスポーツ活動が、学校の管理下に入っていくのか。

公立高校が増え、公立高校での自主的なスポーツ活動が盛んになってきたのと同じ時期に教科としての体育も確立しはじめていたのです。公立高校内には体育を教えるための体育科教員が登場してきます。体育は人間全体の成長を促すもの、人格形成に役立つものと見なされて必修教科となっていきます。学校の体育科教員や、体育カリキュラムを研究している人たちが、課外で生徒たちが自主的にやっているスポーツ活動も教育の対象と見なすようになりました。

この当時の問題は、運動部の生徒たちが賞として物品などを受け取っていること、学習よりもスポーツへの関心が高いことなどのようです。

1905年に公立と私立校に対して「高校の競技スポーツにおいて規則や管理は必要か」という調査があったそうです。「学校側と生徒によって規則を定めていく」との回答が61%。

学校は課外のスポーツ活動を管理することは必要と考えていたのと同時に、体育科専任の教員がいる学校ほど、課外の競技スポーツは肯定的だったこともこのときの調査で明らかになっています。

課外の競技スポーツの問題点は学校が管理して改善する必要があるが、課外の競技スポーツそのものは肯定する方向にすすんでいきます。また、競技スポーツは兵士教育にも有効であるとみなされていきます。

個人的な関心として

①マネジャーについて書かれているところはとても興味深かったです。生徒たちで運営されていた運動部活動はマネジャーがお金を管理し、練習や試合のスケジュールを管理していたそうです。この時代のマネジャー問題は、マネジャーが権力を持ちすぎることだったようです。お金を詐取していたことが問題になったりしたようです。

②生徒が外部指導者を雇用。生徒たちで運営されていた運動部活動は、より技術の向上を望み、対戦相手に勝つことを目指して、生徒たちが外部の指導者にお金を払ってコーチを頼むケースがいくつもあったようです。ボストン郊外では日給50ドルの高給がアメリカンフットボールコーチに支払われたとか。高給で指導者を雇うことは、競技において結果を求めることにもつながり、指導者もこの報酬を失いがたくないために、勝利至上主義に陥りやすい状況だったことも指摘されています。

 体育や運動部活動を通じて人格形成をしていくという歴史的背景については、こちらの本にも日本語で書かれています。

アメリカスポーツと社会―批判的洞察

 このセージ教授の本は英語版が1990年、翻訳が1997年。私は1998年にアメリカを拠点としてメジャーリーグ取材を始めましたが、この本はいつも教科書的な存在でした。

こちらの第9章にも「スポーツを通しての人格形成」で、P231にハーディ(Hardy 1982)は、教員たちが「新しい工業化社会における生産的な生活に必要な特殊技能、行動、価値を学生に教えるべきであるという考え」に同意し、競技によって「チームワーク、自己犠牲、規律が、競技場からビジネス又は会社という世界に転移される」と思っていた、と述べている。

 と書かれています。