アダム・シルバーの話

10月13日の米アスペン研究所のサミットでのパネルトーク

 

参加者 アダム・シルバー、ビンス・カーター、ジミー・ピタロ(ESPN)、

司会  チャイニー・オグワマイク(WNBA、ESPN)

 

このトークショーの書き起こしをしたかったのですが、NBAファンの方からアダム・シルバーがどのようなことを話しているのかを知りたいというリクエストをいただきましたので、司会者がアダム・シルバーに話をふったところを日本語訳にしています。

テーマは子どものスポーツ、ユーススポーツについてです。



パンデミックのなかでNBAはどのようにNBAジュニアリーグなどのユーススポーツに取り組んだか。

 

アダム・シルバー

「一言で言えば、私たちはバーチャル学習へと移行しています。このパネルが実施されているのと同じように。子どものときのスポーツが、大人としての成功や職場での組織的な行動とのつながりがあるのはすばらしいことです。 あなた(チャイニー)やビンス(カーター)のようなスターと一緒にいることは信じられないすばらしいことだと思いますが、子どもたちへのメッセージとして、本当に重要なことは、必ずしもあなたたちのような雲の上の存在になることではなく、”参加する”ことだということだと思います」

 

「参加することの重要性はNBAに来て学んだことの一つです。私は30年近くリーグにいます。私が子どもの頃は、ランニングに加えて、たくさん野球をしていました。高いレベルではありませんでしたが。でも、子どもの頃は、 勝つことに重点が置かれていて、 率直に言って、参加することの重要性が分からなかったと思います。自分が参加している理由の一部を誤解していたと思います。勝つためにプレーしていた。 もし勝てなかったら 負けたことになる。今、思うと、あなた(チャイニー)やビンスのような人たちと何年にもわたって知り合ってきて、世界最高の人たちと会って、彼らがどんなことをして、何を見ているのかを知り、子どものころに、勝たなければ価値がないと考えていたのは誤解だったと実感しています」

 

「子どもたちに理解してもらいたいのは、ビンスやあなた(チャイニー)は、他の人と同じだということです。 あなたたちはたまたまこのスポーツで 信じられないほどの存在で、そうなった理由のひとつは 一生懸命に取り組んできたからですが、だからといって、あなたたちの 価値が違うわけではない。あなたたちは、チームスポーツでは チームの中で最高の選手であっただろうし、プロになる前のどのレベルでもそうだったでしょう。しかし、チームメイトやコーチがいなければ、今のあなたはいなかったと思う。私はWNBAや NBAについて考えるとき、いつもこのことを考えています。私たちは、若い人たちに参加することが重要だと納得してもらうために、エリートの中のエリートに焦点を当てながらも、参加するために、他に何ができるかを考えています。もちろん、ジミーが指摘したように、健康と安全が人々の最優先事項であることは理解していますが、健康上の問題でもあることを付け加えておきます」

 

(安全というのは新型コロナウイルスを指しています。また、次の話も新型コロナウイルス対策の話です)

 

「スポーツに参加しても安全でいられる方法があるのであれば、私は今のところそうしていますが、アウトドアスポーツに参加する方法があります。子どもたちは社会的に距離を置いていても、あなたが話したようなことを実行することで、アクティブに過ごすための素晴らしい方法を見つけることができます。走ったり、外でバスケットボールをできます。だからこそ、そのような環境を整える必要があるのです。そして、テクノロジーが本当に役立ちます。私のようにアップルウォッチをつけていても、Fitbitをつけていても、それ以外のものをつけていても、競争が楽しくなるようなしくみにする方法はあると思います。毎日のランニングを記録したり、歩数を記録したり、活動を記録したりするだけでも、ゲーム化できると思います。それによって子供たちの興味やワクワク感がさらに増すと思います」

 

ー女子スポーツのためにNBAはどのようなことをしていますか。

「パンデミックで少し後退しています。パンデミックで何が起こっているのかということもありますが、WNBAを持っていることで、若い女の子たちが自分たちのような女性を見ることができるようになり、スポーツにおける本当のロールモデルを見ることができるようになったと思います。私たちのすべてのプログラムでは、男女共通で学べるようにすることができています。NBAプログラムの多くは、私が最初にリーグに関わった時には、男子のためのプログラムという概念がありましたが、今では誰もが利用できるようになっています。また、これらのプログラムをすべてバーチャル・アプリケーションに移行させる作業もしています。こういったアプリケーションは、パンデミックが終わってもなくなる必要はありません。私自身の例を挙げますが、チームスポーツに参加している皆さんの話を聞いていると、紹介文にもありましたが、私はどちらかというとランナーで、野球以外にも、振り返ってみると、もっとチームスポーツに参加するように背中を押してくれる人がいたらよかったなと思います。そして大人になった今、改めて、このリーグ全体がNBAに30年近く在籍して、そのように思っています」

 

ー子どもたちがスポーツを続けるためにNBAができること

「パンデミックの中では、正直言って大変です。データを重視した方法でアプローチし、どこにリソースを投入すべきか、何が効果的なのかを理解する必要があります。この特別な時期には、できる限りのことをすべきだと思います。バーチャルでやっていることが本当に影響を与えているのかを理解するのは難しいと思いますが、本当に影響を与えられる方法にリソースを集中させる必要があると思います。データと言えば、皆さんが話してくれた話や、皆さんが興奮した話は、データでも明確です。先ほども言いましたが、子供の頃に青少年スポーツに参加することが、大人になってからの成功、そしてリーダーとして、組織の中で適応する能力につながるという点では、皆さんはご存知の通りです。健康とフィットネスの利点はよく知られています。小児肥満や糖尿病の問題は 社会経済的な境界線を越えていて、貧しい家庭、裕福な家庭だけの問題ではありません。 運動不足、食べ物の選択の乏しさと関連しています。最後に、私が特に誇りに思っていることを述べますが、数人のNBA、 WNBA選手がメンタルウェルネスの問題について話してくれました。それが私たちのカリキュラムに追加されました。私は何度かこのことについて話してきましたが、ユースバスケットボールのプログラムは、以前は特定のスキルについてのより多くのものでした。その後、フィジカルフィットネスを重視するようになりましたが 今では精神面も重視するようになっています。コーチや指導者は子供たちに 睡眠パターンや家庭での様子を 聞くようにしています。 ビンスがさきほど話したように学校の運動部の代表選手はかっこいいとするのは、何も悪いことではありません。しかし、このエリアで(メンタル面で)苦しんでいると声を挙げられるように。不安、いつも悲しい、と。若い人たちが自分の感情ともっと結びつくように訓練することです。そして実際には、これらの考えは、一見自信に満ちているように見える子どもたちが持っている可能性が高いものです。

なぜ、『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかー米国発スポーツペアレンティングのすすめ』を書いたのか

 

私事で恐縮だが、先月、上記タイトルの本を上梓した。 

 

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最初は『なぜ、スポーツを見ていると力が入るのか』というタイトルで書いていた。 

 

 

スポーツを見る人を対象にした脳科学や心理学のさまざまな研究結果にたどりつき、ああ、見る人間の心身は、スポーツ観戦中にこのように反応しているのだ、おもしろい!と思った。これを元にして、東京オリンピック・パラリンピックへ向けてこれまでにない観戦ガイドを作ろうとしていた。スポーツ報道に携わってきた私が、自己分析、自己批評する形で報道の問題点を綴ってもいた。 

 

 

 

これらは、子どものスポーツを見る大人(指導者や保護者)にも展開できると思い、付け足しとして、ファンとしての保護者・指導者について書いた。企画書を作った段階で出版ビジネス関係者の相談を仰いだところ、スポーツファンの話に子どものスポーツを入れるのは収まりが悪いのではないかと意見をもらった。 

  

 

けれども、もとはといえば、子どものスポーツを観戦する大人を「ファン」と捉えたら、どうなるのか、という疑問から調べ始めたものでもあった。そこは外せないように思えて、子どものスポーツの指導者や保護者向けた現在の内容に変更した。 

 

 

 

私には、誰かに正しいことを教える資格など全くない。だから、やや教示めいた「スポーツペアレンティング」を書くか、かなり迷った。その私の背中を押したのは、子どものスポーツをよりよいものにと願っている世界各地の研究者の姿である。 

 

 

 

2018年暮れにミシガン州立大ユーススポーツ研究所が開催した40周年の記念イベントに参加した。3日間、米国を中心にカナダ、英国、オランダからの研究者たちの講演、パネルディスカッションを聞き、ポスター発表を見て回り、質問もさせてもらった。 

 

 

 

研究者たちは、時間をかけて丁寧に調査した結果を、いかにして忙しい指導者や保護者に伝えるかにも心を砕いていて、その方法についての発表もあった。 

 

 

 

研究結果を要約や単純化する過程で、正確さを損なうことは避けなければいけない。しかし、指導の困難を抱えるコーチに、思い悩む保護者に、長く難解な論文を読んで、日常の助けとして欲しいと呼びかけることはできない。子どもと接し、忙しく生きる大人たちに、その余裕はない。スポーツ環境をよりよいものにすることを目的に、多くの研究はなされているのに、使ってもらえなければ、もったいない。 

 

 

 

正確でわかりやすく、すぐに思い出してもらえるように伝えることは難しい。しかし、彼らは逃げていない。その姿に心を動かされた。 

 

 

ミシガン州立大のイベントだけでなく、米小児科学会などの広報力にも目を見張るものがある。研究論文からインフォグラフィックにまとめるという作業をしており、特別な専門知識を持たない人間が(私のように英語を母語としない人間も)ひと目で見て分かるように作っている。また、その逆に、インフォグラフィックの出典元も読めるように、論文に戻ることもできるようになっている。  
 

 

私は人から教えてもらう正しさをよく疑ってしまう性格の悪い人間だ。それでも、仕事の一環として研究者たちの調べた結果を読み、そこから導き出されたスポーツペアレンティングを、知らず知らずのうちに日常生活で取り入れている自分もいた。(私事で恐縮だが、私には大学に進学したばかりの息子と高校生の息子がいて、2人とも幼児からスポーツをしている)。 
 

 

私が「これは使えるな」と感じたことは、他の人にも伝えたほうがよいのではないか、と考えるに至った。本の内容は私が独自に編み出した子育て法ではない。子どものスポーツをよりよいものにと願う北米やその他の国や地域の研究者たちの研究の蓄積を、日本の保護者や指導者にも、使ってもらえるようにと願って、私なりの説明と体験談を交えて紹介したものだ。 
 

 

話は少し変わるが、2019年1月27日付の朝日新聞電子版に「体罰はダメ、ではどうすれば? 悩み闘う指導者たち」という見出しの記事があった。  
 

 

この記事では、2018年8月、体操の日本女子代表候補だった宮川紗江選手への暴力をふるった速見佑斗コーチにも取材している。 

 

速見コーチは取材当時、宮川選手の指導を続けながら、メンタルトレーニングや心理学を勉強し、怒りの正体が何か、どうすれば感情のコントロールができるようになるのかなどを学んでいるとし、自分自身で分析をして、どういう時に感情が乱れているのかなどを深めているところだ、と述べていた。 

 

 

指導者でも、保護者でも、たいていの人はカッとなることがある。カッとしても、どうしたら暴力をふるわずに指導できるのか。個人の経験や気づきで乗り切る人もいるだろが、速見コーチが学んでいるというメンタルトレーニングや心理学などを、大勢の指導者が学べるようにしたほうがよいのではないか、と私は考えている。これまでの研究結果に基づき、現時点で推奨できる指導者の気持ちのコントロール法、メンタルトレーニング、心理学などを、広くスポーツ界に還元する時ではないだろうか。 

 

 

子どものスポーツをよりよいものにするには、指導者が変わらなければ、保護者が変わらなければ、と指摘される。しかし、目指す先はどこなのか、どのようにしたら変われるのか。そういったことを考えようと思っても、信頼できる情報源がどこにあるのか分かりづらいし、意外と少ないように感じる。これまでスポーツ科学の対象はスポーツをするアスリートを対象にしたものが多かったが、スポーツに関わる指導者、保護者、ファンについての研究をすることも必要だろう。選手である子どもはもちろん、成人したアスリートも、見る側のまなざしを多かれ、少なかれ、取り込んでいる。 

 

 

子どものスポーツの指導に迷ったとき有名強豪校の監督に話を聞くのもよいだろうし、子育てに悩んだときにトップアスリートを育てた親御さんの本を読むのもよいだろう。それだけではなく、科学的知見をもつ研究者たちがつながり、現状を何とかしたいと奮闘する指導者や保護者により沿ってほしい。それは、多くの人がアクセスできる方法でなければいけないだろう。なんだか、研究者の方に依頼するような書き方をしているが、これは、私がこれからやっていかなければいけない仕事でもある。 

 

子どものスポーツ 観客席をよりよいものに。

米国で、子どものスポーツ会場になるグラウンド、体育館、アイスリンクなどでは、観客席にこのような掲示をしているところがあります。

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私もこれを参考にして、日本語バージョンを作ってみました。

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また、米国ではシーズン、年度はじめに保護者と観戦の約束事をしています。これはチームと保護者との約束である場合もありますし、もっと大きいユースリーグと保護者の約束ごとの場合もあります。リトルリーグなどはものすごく規則が長いのですが、私の個人的な好みで短くしています。

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もちろん、これはひとつのサンプルに過ぎませんので、子どものスポーツをするうえで、みなさんが大切にされている文言に変えるなど、応用、展開していただければと思います。
 
詳しくは拙著の

booklog.jp

を参考にしていただけるとうれしいです。