子どものスポーツにお金をつぎ込む

 なぜ、親は子どものスポーツにお金をつぎ込みたくなるのか。

 以前、子どもがアイスホッケーと野球をやっていて、年間一万ドル(為替相場があるでしょうが、日本円で85万とか90万とか100万円)の出費があると話していた父親のコメントを紹介しました。子どもが試合で活躍しているのを見ると、その払った金額のことも忘れてしまうと。

 親ですから、子どもが熱中しているもの、スポーツ、音楽、美術、科学的なことであれ、お金を出して、援助するのが、当然という思いがまず、最初にあります。

 また、日本で学習塾産業が定着しているのは、より学力をつけさせて、将来に備えさせるという投資の意味もあるかと思われます。

 しかし、スポーツ(これは音楽や美術でも同じかもしれませんが)にお金をつぎ込むのは、援助や投資とは別の種類のものがあると思います。

 もともとスポーツにはする楽しみのほかにも、観る楽しみがあります。だからこそ、野球やサッカー、相撲などのプロスポーツが成り立っています。多くのゲームがテレビ中継され、サッカーなどの国際試合は一般人の話題になります。ひいきのチームがあれば、なおさら、スポーツを見るのはおもしろくなります。

 「スポーツの社会学」によると「自己の身体図式を選手に投影してみせる同化に興奮が存在する」としています。他者として存在するはずのプレイヤーの身体を、まるで、自分の身体作用として感じてしまうことで興奮してしまうということです。だから、スポーツの試合では、観客が大声を出したり、体を動かしたりします。

 もともと、自分の分身と錯覚しやすい自分の子どもがスポーツをするとき、ただでさえファンが錯覚するような、プレイヤーの身体を自分の身体作用として感じてしまうという作用を、親は何倍か増で感じているのではないでしょうか。

 子どもが試合で活躍すると、多くの親にとっては、その興奮や快感は、ひいきのチームが勝利したときよりも大きいと思います。

 子どもはスポーツを楽しんでいるし、親はプロの試合観戦では味わえない興奮を体験することができる。家族四人でプロ野球観戦に行ったら一万円はかかりますしね。だから、子どものスポーツにお金を使っていてもモトが取れていることになります。

 そして、子どもの年齢が低い場合は、今、この場で子どもの試合を楽しむと同時に、子どもが中学生になったとき、高校生になったときにはより高いレベルで、子どもの試合観戦を楽しみたいという親の期待を込めた投資料金も含まれていると思います。

 書いてみれば、当たり前のことですね。