私と子どもと犬

ペットと子ども

 ペットと子どもには「かわいらしい」とか「予測のつかない行動をする」とか、いくつか共通点があるように思います。

 「子どもがひとりで遊べない国、アメリカ」子どもがひとりで遊べない国、アメリカ―安全・安心パニック時代のアメリカ子育て事情(すみません、ここ宣伝です)に住んでいる私は、他にもペットと子どもに共通点があるように感じるのです。犬と子どもは特に似ているのではないかと思います。この組み合わせで緑の芝生の上を走っているのは絵になる光景でもあります。あ、そんなことはどうでもよかったんです、今は…。

 飼い犬に関する法律と、子どもを育てるにあたって親に求められているものが似ているのではないかと思うのです。

 飼い犬に関する法律は州で様々なのですが、例えば、犬を連れて外に出るときはリードにつなぐ。リードを外してよい場所は決められている。自分の家の庭(プライベートスペース)なら放し飼いでもよいなどが主なもののようです。http://doglaw.hugpug.com/doglaw_010.html

 「犬」を「子ども」に置き換えると、あら不思議、今のうちの状況にぴったり。子どもが道を歩くときは保護者が付き添う。保護者と少し距離を置いて遊べる場所は決められている。自分の家の庭なら子どもだけで遊んでもよい、となります。

 「犬」と「子ども」を同じにしてけしからんとか、「犬」も「子ども」も同じように大切な命である、「犬」は「子ども」と同じくらい賢い、とかそれぞれご意見はあるでしょうが、
 私は飼い犬の所有者に求められる管理度と、子どもの保護者に求められる管理度がよく似ているのではないかと感じるのです。

 犬が小さな子どもに吼えたとか、よその家のゴミ箱をあさったとか、あまりよくないことをやらかした場合、飼い主やその犬をよく知っている人ならば犬に「話しかけていい聞かせる」こともしている光景をよく見かけます。
 
 しかし、その犬のことをよく知らない場合は飼い主を呼んで苦情を言うこともあるかと思います。犬は言葉では話をしませんから、犬は飛ばして、直接、飼い主と話をします。

 子どもが何かよくないことをやってしまった場合、子どもを飛ばして、その管理責任者である保護者と話をつけたいという傾向があるようにも感じます。何かあれば「親に報告する」というのが学校の先生の仕事のひとつになっているようです。

 小学生の息子が友達と遊びたいときには、子どもを飛ばして、相手の親から私宛てに電話がかかってきて約束を取りつけます。

 同じ動物でも所有者のいない野生動物の場合は、当然ですが管理責任が問われません。私の家のまわりにはリスやあらいぐま、スカンク、カルガモなどが出没しますが、彼らはもちろん、つながれることもなく、どこの庭に出入りしようと自由です。 

 また、時々、野生のシカにも出くわすことがあります。そのため、道路にはシカ注意の標識があります。私が車を運転中に何度か、シカが目の前の道路を横切ったことがあるのですが、これも当然、誰にもお咎めなしです。

 犬の所有者と犬が管理者と被管理犬であるように、親と子も管理者と被管理者なのか。だから法律が似ているのでしょうか?

 愛犬家は「犬がリードなしで遊べる場を」と求めています。
 私はこう叫びたい「子どもが親のつきそいなしで安全に遊べる場所を」。

そのうち、私も自分の知らぬ間に首から見えぬ鎖をつけられていたりして。私の管理をするのは誰なのかしら。