時差ボケと自責の念のようなもの

一時帰国していた日本から、米国に戻ってくると時差ボケに悩まされる。

こちらから日本に行ったときにも時差ボケにはなる。けれども、日本でしかできない用事をしなくてはいけないので、時差ボケだからといって寝てはいられない。しかも、滞在の拠点としている実家には母親がおり、この年(40歳を過ぎました)になっても、いつまでも寝てしまっていると、母親に叱られるような気がして、ゆっくり寝てもいられない。

米国に戻ってくると、今後は夜になっても眠れない。だいたい朝方から眠りはじめて、昼すぎまで寝てしまう。ここは、自分の家(夫と2人の名義になっている)なので、誰に気兼ねなく、昼まで寝てしまうこともある。

私は普段の生活で眠れないということがあまりない。お気楽なタチである。

ただ、時差ボケ中の2-3日は、夜になっても、眠ろうと思っても眠れない。

そして、日本から帰ってきた直後の時差ボケ中には、自責の念のようなものにもさいなまれる。

自分で自分を責めてしまう理由は、(まだ、前期)高齢者の母親が大阪の家で一人暮らししていること、一人暮らしさせてしまっていることである。

自分の身体はまだ、日本時間になっており、その自分の身体には、つい前日まで隣にいた母親のことを思い出す。

私は大阪で生まれ育っており、一時帰国中に会う小中学校の同級生たちのほとんどは今も大阪にいる。市の財政は厳しいようだけれども、都会で、外へ出ていかなくても仕事はある。

家業を継いだり、公務員になっていたり、教員になっていたり。特に親しい友達たちは、みな地元で仕事をしながら、みな子育てをし、みんな、だんだん年をとってきた親のフォローもしている。(私はみんなという言葉は好きじゃないけど、数人の親しい友達はみんなそうなのだ)

海外に出てしまった私は、ちょくちょく実家に顔を出すことはできず、何かあったら、すぐに駆けつけられる状態にもない。

最初は仕事がしたくて海外に出たはずなのに、今は大したことも、大したことないことでさえ、まともにはできていない。それでまた、悲しくなったりする。

私は2人姉弟なので、母親に何かあったときは弟がまず対応してくれるだろうし、私としても自分なりにできることはやっているつもりではいる。それでも、私たちが飛行機に乗ったあと、家で一人で暮らしている母親のことを考えると、うしろめたい気持ちになる。

私は親のことはもちろん、人のこともあまり思いやれるようなやさしさは、情けないことに持ち合わせていない。母親のことを考えるときも、私自身が母親と会えなくて寂しいという気持ちにはならない。娘としての責任を果たさなければいけないという気持ちからだ。(もし、カウンセリングしてもらったら、このへんのところ、うまく解きほぐせるかもしれないと思ったことも、ある)

そうこうしているうちに、時差ボケもおさまり、足の裏に残っている実家の床の感覚も、家の前の(アメリカにはない)狭い道の道の幅も、どんどん私の身体から抜けていく。それで、母親のことも、まあ、しょうがないかなと思うようになってきて、次に会う日まで、また、ぐうぐうと寝て過ごすのだ。大したことも、小さなこともできないで。