まだメモ書き。運動部のコーチは教員の仕事か(3)無免許問題編

教員資格のない外部指導者の雇用

これまでは運動部を含む課外活動の指導は、教職員の仕事、または教員資格を持つものの仕事とみなされてきた。教職員の仕事であるが、勤務時間外に及ぶので、これに対する報酬を支払うべきで、これらの報酬を正式な給与体系に組み込み、仕事量に対して金額が公平になるよう報酬額の算出が提案された。

 

1970年代後半から80年代にかけては、課外活動の指導を教職員以外に任せるか否か、教員免許を持たないものを課外活動の指導者に迎えるかどうかという問題があがってきている。ミネソタ州立ウィノラ大学の研究者が、隣州のウィスコンシンで教職員以外が課外活動の指導にあたることについての調査結果を発表している。1985年8月にミシシッピ州立大で開催された the National Conference of Professors of Educational Administrationで発表されたと記録されている。https://eric.ed.gov/?id=ED265667

 

この調査では中規模校や大規模校と全校生徒が300人台の小規模校を比較して、運動部のコーチをする教員不足の問題、教員免許を持たない者を運動部指導者として迎えるにあたっての懸案事項、実際に問題があったかどうかが述べられている。

(前も書いたけど、米国では運動部の指導者は運動部のコーチと書かれていることがほとんどである。日本の学校では、運動部の顧問は教員が務め、技術指導を外部コーチが引き受けている事例もあるが、米国の運動部のコーチは、教員の補助として運動部指導をしているのではなく、学校の教員が運動部指導するのと同じ役割、同じ責任を引き受けている)

 

これによると、ウィスコンシン州の高校運動部の協会が把握したデータでは、教職員以外の運動部のコーチが1977ー78年度から、1983ー1984年度までにの間に400%増加した。大規模校の89%から教職員以外のコーチがいると回答があり、また、小規模校の70%に教職員以外のコーチがいると回答があった。

 

この論文は、小規模校に焦点を当てたもの。しかし、どのような理由で教員だけで運動部のコーチできなくなっているのか、学校の管理職は、教員に運動部のコーチをしてもらえるようどのように工夫しているのか、教員免許のない人物を採用するにあたっての評価、教員免許のないコーチ採用の問題点、不安視される事柄、メリットなどのアンケート結果が発表されている。1970年代後半から80年代にかけて、学校の外からの指導者を採用しはじめた背景、問題点などを推測する材料になる。

 

70年代から80年代にかけて、学校の教職員以外の人物を運動部のコーチに迎えるようになったのはなぜなのか。

 

1972年に制定された「タイトルⅨ」と呼ばれる連邦公民権法である。これは、連邦政府から援助を受けている教育プログラムや活動における性差別を禁じるものだ。これまで学校の運動部は、男子生徒が参加する男子のチームが多かったのだが、性別に関わらず、課外活動でも参加の機会を平等にすることになった。これによって、女子のチームが増えたことから、運動部のコーチが不足することになった。このほかには、教員のライフスタイルや意識の変化、運動部指導に対する報酬の不満などがあったとされている。より自分の時間を求める傾向や、家族との時間を希望する教員が増え、運動部の指導に対しては時間外労働として報酬が出るものの、その金額への不満があったと推測できる。

 

希望する教員だけでは、全ての運動部にコーチを置くことができない。しかし、裁判の判例では、学校の課外活動中の生徒を監督する責任は学校にある、とされている。そこで、学校の教職員ではない外部の人物を求めるようになった。

 

運動部の数が増えているのに、運動部のコーチを希望したり、引き受けたりする教員の数も減少傾向にあった。この調査では、ウィスコンシン州の高校の校長に、なぜ、教員がコーチをやりたがらなくなったのかを、以下の10項目から回答してもらっている。(1)複数の運動部の指導をすることの困難。(2)報酬への不満。(3)家族と過ごす時間を希望。(4)時間外報酬を必要としない。(5)高校生選手の献身さへの嫌悪感。(6)地域からの圧力に対する落胆。(7)勝利への重圧。(8)施設利用のための過度な競争。(9)1年中やらなければいけないことへの怒り(10)教員自身の高学歴願望

 

小規模校の校長168人の回答で、理由のうち最も多かったのが、家族ともっと過ごす時間を希望、で87%。ついで、多くのスポーツをコーチし過ぎているが54%、報酬に不満があるが51%だった。ここでは、生徒数の多い大規模校や中規模校でも、この順位については大きな差は見られなかったとしている。この調査の対象になっている小規模校は全てが田舎にあり、地域からの重圧を理由にした数は、大規模校、中規模後よりも多かった。また、教員自身がさらなる学歴をつけるためというに「はい」と答えた割合は大規模校、中規模校のほうが、小規模校よりも多かった。

 

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運動部のコーチが足りないという状況にあっても、学校は、できるだけ教員免許を持つ人物にコーチをしてもらいたいという考えがあった。1900年代前半でみたように、オハイオ州などでは、運動部の指導は教員資格保持者に限るという規則を設けていたところもある。この論文ではウィスコンシン州の高校運動部の外部コーチで、教員免許を持っている人は30%いるとしている。また、運動部の全コーチのうち、約1/4が外部指導者であるとしている。

 

小規模校が教員資格のある人物を、運動部の指導者としてリクルートするにあたって、どのような工夫をしているかというアンケートもしている。はい、という回答の高かった割合から順に以下のようになった。

(1)教員採用時にコーチングニーズの重要性を説明する。61%

(2)代用教員からコーチを雇用する。36%

(3)スタッフメンバーを招集する。32%

(4)契約継続を使う(教員としての契約継続条件にコーチを引き受けることを入れる)。

   28%

(5)引退した教員にコーチとして復帰してもらう。26%

(6)通年プログラムの期待値を低くする。14%

(7)コーチ報酬を増やす。13%

(8)スポーツを削減する。11%

(9)コーチをすることのインセンティブとして教科を教える量を減らす。2%

 

この調査によると、小規模校と大規模校、中規模後には1点を覗いては大きな違いはなかった。小規模校は、コーチの引き受けを教員としての契約継続条件に使うと答えた割合が、大規模校や中規模後よりも明らかに高かった。(契約継続の条件に、運動部のコーチを引き受けるよう求める、ってすごい手口だ!)

 

この論文には、外部からどのようにしてコーチを探すか、外部からのコーチについて懸念されることなども校長にアンケートをとっている。

 

70年代から80年代にかけて、コーチを希望する教員の減少と運動部の増加によって、どのようにして不足の穴埋めをするか、外部からの指導者でも、教員免許を持つ人を出来る限り探すという努力をしていることが見てとれる。教員免許によって、外部からのコーチの指導や子どもたちへの対応の質の担保としたい、ということだろう。

 

1986年には、the physical educatorという専門雑誌に、アリゾナ州立大学のJames E. Odenkirk教授が、高校運動部と資格のあるコーチの不足というタイトルで論考を寄せている。https://js.sagamorepub.com/pe/article/view/3435/3016

 

この論文が引用しているデータによると、1980の調査では、34州では、教職員以外が運動部のコーチをすることを認めている。1980年時点で教員免許を持たない者を運動部のコーチにすることを認めていないのは8州あり、アーカンソー、アイオワ、ミネソタ、ニューヨーク、オクラホマ、オレゴン、サウスダコタ、ワイオミングだとしている。(全米50州なので、あとの8州はどのような規則のなのかは、この論文では見当たらない)

 

1983年6月には、ニューヨーク・タイムズ紙が、教員免許を持つ運動部のコーチが足りないことを伝えている。https://www.nytimes.com/1983/06/21/nyregion/high-schools-struggle-with-coach-shortage.html

 

私が時々、お世話になっているミシガン州立大のユーススポーツ研究所は1978年に設立されました。教員以外の人物を学校運動部の指導者にすることで、採用基準、コーチ講習などの問題が挙がってきたのとほぼ同じ時期であり、ミシガン州立大のユーススポーツ研究所を設立された教授も、コーチを教育する、コーチに情報を渡す目的もあったと教えてもらいました。 

そして80年代以降は、外部指導者を学校に迎えるための採用基準、採用方法、指導者教育などが進んでいくのですが、それは、また今度にやります。