アメリカのエビデンスに基づく教育。学校で部活動をする教育的意義はあるのか。

地域×スポーツクラブ産業研究会の第14回資料を読みました。

学校から部活動を切り離すことについての反対意見に対し、「部活動が担ってきた教育的価値があることは確かだが、一方で学校外だと提供できない教育的価値とは何か」という問いかけがなされています。

https://www.meti.go.jp/shingikai/mono_info_service/chiiki_sports_club/pdf/014_02_00.pdf

ツイッターでは、学校で部活動を行うことは教育的価値のあることだという意見が、ことごとく論破されているという感想も見かけました。

(この文章では、学校で活動を行う意義があるかどうかを論じたり、主張するのではなく、アメリカではこういうふうに教育的価値があるかどうかを検証して、実践につなげようとしていることを紹介しているだけのことです。ただし、教育的価値を示す科学的根拠(エビデンス)と、それを基にした課外活動の実践の提案が、学校でそのまま取り入れられているかどうかは別問題で、この別問題の部分については、別の機会にレポートします)

部活動の教育的価値とは何なのか。

アメリカではエビデンスに基づく教育実践を行うことが求められています。公的資金を投資して教育を行う以上、予算獲得のための説得力のあるエビデンスが求められるようになっているからです。

 

2002年にはアメリカの教育省所管のもとに、教育分野におけるエビデンスを扱うWWC情報センターを創設し、学力達成や退学防止など、様々な分野における教育実践の効果を測定してきた。(宮本、2020,『アメリカにおける効果測定制度の運用と実態―「エビデンスに基づく人権教育」の特質と課題)

 

 

課外活動(アメリカではextracurricular activityと表現されているので、日本語訳も課外活動にします)もその例外ではありません。全米高校協会によると、課外活動には、学区の教育予算のうち、およそ1-3%が使われています。

 

このWWCで課外活動の教育的価値について、どのようなエビデンスが提示され、これに基づく教育実践が提示されているのかを調べようと思いました。Extracurricularで検索すると35件出てきました。

 

そのひとつが米国教育省下の教育科学研究所による退学防止実践ガイドです。

https://ies.ed.gov/ncee/wwc/Docs/PracticeGuide/dp_pg_090308.pdf

 

さきほど、私は、公的資金を投資して教育を行う以上、説得力のあるエビデンスが求められる、と書きました。このガイドでも、冒頭にお金の話が出てきます。「社会全体において若者が高校を卒業することは価値ある目標である。中退者の収入は卒業した者より、平均で9000ドル低く、生涯年収では26万ドル低い。低スキル労働者の雇用が減少するにつれ、中退者の経済的影響はさらに悪化する可能性がある 。中退者の納税額は、高卒者の約半分に過ぎない。フードスタンプ、 住宅扶助、生活保護など、政府からの補助が多い。中退者は刑務所に入る確率がかなり高く、健康状態も悪く、平均寿命も短い」と書いてあります。

 

高校を中退した人は、将来的に収入が低くなり、納税する額も少なくなり、さらに政府からの援助を必要とする率が高い。したがって、若者が高校を中退してしまうことは、近い将来、社会にとってもコストのかかることなのだ、という考え方です。ですから、中退者の増加が、将来的に社会にとってコストのかかることになるのなら、今、公的資金から教育投資を行って中退者を減らすほうが、あとで社会がコストを支払うよりもよいのだ、ということになっているのだと思います。今、公的な教育投資するといくら得なのか、という金額までは書かれていませんでした。探せば別のところにあるのかもしれません。

 

では、この実践ガイドとはどのようなものなのでしょうか。

『米国のエビデンス仲介機関の機能と課題』(豊浩子 国立教育政策研究所紀要 平成23年3月)によると、

「実践ガイド」は、カリキュラム、教員研修、評価、アカウンタビリティなどの分野にわたる、広範囲の解決を要する特定の問題に関する実践について、首尾一貫したガイダンスと提案を提供する。「実践ガイド」は入手可能なベストのエビデンスを取り入れ、特定の提案を支持するエビデンスの質について利用者に注意を促す。「実践ガイド」は連邦教育省によって広く普及されることになっている。(以上、U.S. Department of Education 2007 より引用)

 

2008年に作成された退学防止実践ガイドでは、退学を防止するために6つの提言を行っており、その提言の一つに「学習環境と指導プロセスのパーソナライズ」があり、この提言のなかに「課外活動への参加を推奨する」があります。

 

「中退防止のための介入は、生徒が学校生活でポジティブに行動する能力を高めるために必要な生徒の問題解決能力とライフスキルの発達を求めてきた。これらのスキルはクラスのなかで支障をきたさないようにするだけでなく、職員や仲間と良好な関係を築く方法を教えることになる。職員に助けを求めたり、学校の社会的な活動、課外的な活動に参加したりすることで、意味ある学校との結びつきを生徒に与える」

 

また、推奨されていることをどのように実践するのかについても書かれています。

課外活動については、教職員が生徒を招く、と書かれています。課外活動にはスポーツ、クラブ、遠足、奉仕活動、ゲストスピーカーなどが提案されており、退学のリスクのある生徒には課外活動について調査し、どのような課外活動クラブやグループが結成されるかを知らせる、と書かれています。

 

退学を防ぐためのエビデンスに基づく実践として、課外活動を提供し、参加することをすすめることが挙げられている、ということになります。退学を防ぐための対策はいくつもあり、そのひとつが課外活動への参加です。生徒が課外活動に参加することによって、退学を防ぐことができ、高校を卒業したならば、中退した場合に比べて高い収入が得られることが予想でき、公的な金銭的支援を必要とすることも少ないことが予想できるので、課外活動に公的資金を投資するのは、社会や国にとっても効果のある投資であると説明責任を果たすことができる、といえます。

実践ガイドには各エビデンスの信頼性も示されています。この課外活動についての実践ガイドのエビデンスレベルは中となっていました。「中」は「エビデンスは、強い因果関係の結論を裏付けるが一般化が不確かな研究、または、一般性を裏付けるが因果関係が不確かな研究」となっていました。

 

学校で中退を防ぐための実践のひとつに、生徒に課外活動の参加を促すことがありますが、学校での課外活動の提供をやめて、その代替として地域のスポーツクラブでスポーツ活動を提供した場合にも同じように退学を防ぐ効果があるかもしれませんし、学校の課外活動よりもその効果は低いかもしれませんし、もしかしたら高いかもしれません。これは、ここではわかりません。

 

WWCで課外活動と検索すると35件ヒットしたのですが、課外活動の教育的価値を示す研究が35件蓄積されているというわけではなさそうです。

 

また、全米高校協会でも、学校で課外活動を提供する根拠となるエビデンスを49の研究論文から提示しています。こちらはWWCや教育科学研究所のようにエビデンスレベルは示していません。全米高校協会では、アメリカの中高校の課外活動の総本山みたいなところなので、学校で課外活動を提供するための根拠となるエビデンスを抽出してきて、それを提示しているとも言えます。これについては、現在発売されている「体育科教育5月号」(大修館書店)でもふれていますので、目を通していただけると幸いです。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

学校で課外活動を提供できない特殊な国

これまで、日本の学校運動部についての問題が語られるとき「学校で運動部活動をやっているのは日本だけ」という表現をツイッターなどで目にすることがありました。

 

私はアメリカに住んでいて、アメリカにも学校運動部があることはわかっており、カナダの学校運動部も取材させてもらったので、アメリカやカナダにも学校運動部があることをお伝えしてきました。

 

日本では文科省が部活動の地域移行を打ち出しています。最近では、学校での部活動をやめて、完全に地域に移行する案が出ていると聞きました。これらは部活動指導を担う教員の負担が大きいこと、働き方を変えなければいけないことと大きく関係しています。

 

どの地域でも受け皿が用意できるわけではありません。それでも移行させていくというのであれば、何らかの活動をする機会により格差が出てくるのではないかと懸念しています。私は学校を地域に開いて、つまり、部活動指導員や外部指導者を迎えることをイメージしていたのですが、地域移行に反対しているわけではありません。予算をつけて受け皿を整備できるのなら、地域での活動に納得できるのだけれども、と言いたいわけです。

 

ここからです。今日、OECDのPISAのレポートをパラパラとですが読みました。PISAは学力の国際比較のレポートということしか知らずに、今まで全く興味もなかったのですが、ここに課外活動の調査についても書かれているのを遅ればせながら見つけました。

Creative extracurricular activities offered at school, school characteristics and reading performance : Based on principals’ reports | PISA 2018 Results (Volume V) : Effective Policies, Successful Schools | OECD iLibrary

この146ページあたりからです。PDFでダウンロードし、ページ数を148で検索すると出てきます。

調査対象の校長に、学校で課外活動を提供しているか、という質問で調べているようです。9割の生徒の通う学校で、スポーツ系の課外活動が提供されているという結果が出ています。

もちろん、課外活動といっても、その活動形態はさまざまであることは容易に想像できます。日本は活動量が長い部類に入るでしょうし、一番長いかもしれませんが、この調査からは課外活動に費やしている時間や形態はわかりません。

 

いずれにしても、調査対象の79か国の学校の課外活動を調査したところ、9割の生徒に対して、課外活動としてスポーツをする機会が提供されているとは言えます。

 

ですから、学校でどのような形態の課外活動の機会も提供しない、ということは、むしろ国際比較の視点でいうと、かなり少数派ということになります。

 

日本の公立校では、教員の負担が大きすぎることから課外活動の機会を提供できず、地域に移行するとしても必要な財源を公金から提供しないということであれば、学校でも、地域でも、公金から予算をつけることができず、スポーツする機会や文化・音楽などの活動を子どもたちに提供できない特殊な国になっていく、というのは言い過ぎでしょうか。

 

※追記 これと教員の労働条件や環境を調べたOECDのTALISで、先生が週に何時間課外活動を指導しているかを調べていけば、もう少し何かわかるかもしれません。

 

 

部活動は教員の仕事か、米国編

以下の文章は1991年発行のThe Law and Teacher Employmentという本の

46ページに書かれていた内容を、私が日本語訳したものです。

課外活動の指導がより求められるようになっているが、個人の関心、職業との関連が薄いものや、報酬が少なくなっている。教員たちはこれらは法的に求められる仕事かどうかと疑問を持つようになった。

なんだか、今、日本で問題になっていることとよく似ているのではないでしょうか。教員の仕事が多すぎることが問題になっていて、その理由のひとつに部活動指導が挙げられています。そういったこともあり、部活動指導は教員の仕事か否かという議論が広がっています。

日本の法律では、教員には原則として時間外勤務を命令することはできないそうです。超勤4項目(初めてこの言葉を聞いた人は検索してくださいね)として時間外勤務の例外はあるのですが、ここに勤務時間外の部活動指導は含まれていません。法律としては、管理職は教員に部活動指導を依頼することはできますが、命令することはできないのです。

日本と同じように学校運動部のある米国では、運動部活動の指導は教員の仕事であるとみなされているのでしょうか。

法律的には微妙です。ただし、現実的には雇用主である学校区(教育委員会に相当する)と教員の契約により、学校運動部活動が教員の仕事かどうかをそれぞれに規定しているようです。


米国の場合は、過去の裁判の判例から、時間外の仕事は教員の仕事の一部として学校区や管理職が仕事を割り当てることができるとされています。けれども、条件がつき、過去の裁判の判例からその教員の専門や興味関心に近いもので、適切な時間量となっています。

これは私の推測ですが、音楽教員が年に2,3度ある週末の発表会や夜の時間帯の発表会の指導は引き受けなければいけないのだと思います。もしくは、理科の教員が週1回、1時間の理科クラブの顧問を依頼されれば、これも引き受けなければいけないのかもしれません。しかし、裁判の判例ではどんな仕事を、何時間まで、とは決められていませんので、法廷で「この課外活動は教員の仕事か否か」を争うときには、それぞれの個別の状況を見るのだと思います。先に法律的に微妙と書いたのは、このような理由からです。

また、教員が誰からも強制される状況がなく、自発的に課外の部活動の指導をするにあたっては法律上は無報酬のボランティアで引き受けることも可能です。しかし、いつも給与を得ている仕事を無報酬のボランティアですることはできない、となっています。スクールバスの運転手がボランティアとしてスクールバスの運転手として時間外の対外試合の運転を引き受けることはできない、ということですね。

部活動の指導は教員の仕事か否か。

前述したThe Law and Teacher Employmentから、まとめます。

法の原則
1,法的義務
 契約事項にエクストラな仕事(部活動を含む)についての合意事項がない場合、過去の判例と実践から、その教員の専門性に近く、理にかなった時間量の場合は、その教員はエクストラな仕事を引き受ける義務がある。

2,仕事のカテゴリーわけ
 裁判ではエクストラな仕事を2つの種類に分ける傾向がある。(1)教員の専門知識から遠い活動(2)活動内容が教えている内容に近く関係しており、学級での活動と近い。

3,教員の専門性に関連しない仕事
 一般的なルールとして、契約の条件に含まれていない限り、教員の専門性に関連のないエクストラな仕事を教員に求めることはできない。一部の裁判では、専門性に関連しないエクストラな仕事については学校区と教員の契約と、この仕事の割り当てを教員が受ける法的義務があるかないかを見る。

4,補助的な契約は拒否できる。
 教員と学校区との契約は主な契約と、補助的な契約があるケースが多い。主な契約は教員の正規の時間内の仕事に関する契約で、補助的な契約は課外活動の指導など、エクストラな仕事についての契約である。教員は主な契約を維持したまま、補助的な契約は拒否することはできる。
つまり、補助的な契約≒課外活動の指導を拒否しても、教員として雇用されるということ。学校区によっては、主な契約のほうに運動部活動の指導を盛り込んでいることもあるようです。例えば、体育教員の契約には運動部活動の指導を主契約に盛り込んでいるなど。

 

30年前の本の引用なので、もしかしたら、変更している部分はあるかもしれないと思い、2012年発行のThe 200 Most Frequently Asked Legal Questions for Educatorsでも調べたのですが、課外活動の指導は教員の仕事かについての見解は、1991年発行のものと同じでした。細かいところは変化があるかもしれませんので、これについては今後の課題とします。