谷口輝世子Kiyoko Taniguchi

米国在住のライター。日本ではスポーツ紙の記者をしていました。スポーツ取材が中心です。

バレンタイン監督 95

バレンタイン監督が現場に戻ってくる。

 私はバレンタイン監督が、1995年に最初にロッテの監督に就任したとき、担当記者だった。

 ただし、担当とは名ばかり。入社2年目で全く何も分かっていなかった。(今も分かっていないが)

 どこの球団でも、最近の巨人の例を挙げるまでもなく、対立はモメごとはある。

 あの年、ロッテは2位に躍進したけど、常に広岡GMとバレンタイン監督は対立していた。

 先発投手の投球回数のこと、バッターの打撃フォームのこと、休養日の練習のこと、など。

 広岡さんはヤクルトや西武で監督として実績があるし、バレンタイン監督だってメジャーの監督のプライドがある。どちらも譲らなかった。

 若かった私は、ただオロオロと走りまわり(実際にバレンタイン監督のランニングにつきあって取材を試みたことも何度かある)話を聞くので精一杯だった。

 あの年は野茂投手はメジャーへ行ったシーズンでもある。

 私は野茂投手がメジャーへ行っていなかったら、バレンタイン監督の取材をしていなかったら、伊良部投手がモメずにメジャーへ行っていたなら、アメリカへは来ていなかった。(どこか他の国へ行っていたかもしれないが)

 野茂さんは引退したし、伊良部さんはあんな形で亡くなった。

 しかし、バレンタイン監督が戻ってくる。

 レッドソックスという人気球団で、とてもしたたかな人でもあるバレンタイン監督がどういうシーズンを送るのか。

 とても楽しみである。

 あれから16年経ち、私はすっかり、おばちゃんになった。

 今だったらオロオロせずに、したたかな監督とレッドソックスを取材できるような気分だけはしている。
 
 大学時代の恩師、杉本厚夫先生に声をかけていただき、私も当時のロッテやバレンタイン監督のことを書かせてもらった。

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