チーム・ホイト

チーム・ホイト

 昨日まで、子どもがスポーツするときの親との関係や、親が「ファン」として子どものスポーツを観戦するときに起きる現象を書いてきた。

 米国のスポーツ界で、親と子の共通の楽しみとして最も「成功した」一例として、父ディック・ホイト、息子リック・ホイトの「チーム・ホイト」が挙げられる。

 彼らは日本の高校英語の教科書にも取りあげられたそうなので、その活躍を知る日本人も少なくはないだろう。

 息子のリックは生まれながら脳性小児麻痺のため、歩くことと、声を出してコミュニケーションをとることができない。文をタイプすることで会話をしている。

 その息子が十五歳のときチャリティーマラソンに参加したいと希望し、5マイル(約8キロ)のレースで父親のディックが車いすを押して走った。レースの後、息子リックは「走っているときは、自分が障碍者じゃなくなった気分がした」と話したのである。

 これをきっかけに、彼らは多くのマラソン大会に出場していく。まだ、マラソン用の車椅子もない時代。マラソンに飽き足らず、トライアスロンにも参戦。息子をボートに寝かせた状態で、これを引っ張る形で父が泳いだ。

 ホイト親子は、ただ出場しただけでなく、車椅子を押しながら走るという条件のなかで、2時間40分でマラソンを走り抜くなど競技面でも抜群だった。こうなってくると、父ディックが一人で走るとどのくらいの記録が出るかという興味が出てくるが、ディックは一人で走ることはしなかった。

 彼らはヒーローとなって、多くの人々を勇気づけ、魅了してきた。

 しかし、彼らも生身の人間で、劇画の主人公ではない。間もなく父ディックは71歳、息子リックは49歳だ。

 ディックの体調を心配する彼の姉妹は、これ以上、ディックがレースを続けることには肯定的でないらしい。

 彼らに引退をすすめる声もある。

 最近のスポーツイラストレイテッド誌によると、父ディックに変わって、リックの車椅子を押しながら走るというボランティアの申し出も多数あったようだ。

 しかし、ディックは息子がやめると言うまでやめないつもりのようだ。
 息子リックは「やめるという選択肢はない。僕はスポットライトが好きだ。今まで障害を持った人たちに、ただ座って、世界を眺めていなくてもいいことを見せてきた」と話している。

 スポーツ選手にとって、引退を決めることはとても難しいことだ。

 彼らは親子であり、「チーム・ホイット」というひとつの選手である。お互いがギブアップしないことで三十年以上にわたって、何百というレースを乗り切ってきたのである。今になって、どちらかが先に引退を口にすることは難しい。

 世界中の多くの人を励ましてきた親子でひとつの「チーム・ホイット」ゆえに、その引き際も一筋縄ではいかないようである。