なぜ、『なぜ、子どものスポーツを見ていると力が入るのかー米国発スポーツペアレンティングのすすめ』を書いたのか

 

私事で恐縮だが、先月、上記タイトルの本を上梓した。 

 

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最初は『なぜ、スポーツを見ていると力が入るのか』というタイトルで書いていた。 

 

 

スポーツを見る人を対象にした脳科学や心理学のさまざまな研究結果にたどりつき、ああ、見る人間の心身は、スポーツ観戦中にこのように反応しているのだ、おもしろい!と思った。これを元にして、東京オリンピック・パラリンピックへ向けてこれまでにない観戦ガイドを作ろうとしていた。スポーツ報道に携わってきた私が、自己分析、自己批評する形で報道の問題点を綴ってもいた。 

 

 

 

これらは、子どものスポーツを見る大人(指導者や保護者)にも展開できると思い、付け足しとして、ファンとしての保護者・指導者について書いた。企画書を作った段階で出版ビジネス関係者の相談を仰いだところ、スポーツファンの話に子どものスポーツを入れるのは収まりが悪いのではないかと意見をもらった。 

  

 

けれども、もとはといえば、子どものスポーツを観戦する大人を「ファン」と捉えたら、どうなるのか、という疑問から調べ始めたものでもあった。そこは外せないように思えて、子どものスポーツの指導者や保護者向けた現在の内容に変更した。 

 

 

 

私には、誰かに正しいことを教える資格など全くない。だから、やや教示めいた「スポーツペアレンティング」を書くか、かなり迷った。その私の背中を押したのは、子どものスポーツをよりよいものにと願っている世界各地の研究者の姿である。 

 

 

 

2018年暮れにミシガン州立大ユーススポーツ研究所が開催した40周年の記念イベントに参加した。3日間、米国を中心にカナダ、英国、オランダからの研究者たちの講演、パネルディスカッションを聞き、ポスター発表を見て回り、質問もさせてもらった。 

 

 

 

研究者たちは、時間をかけて丁寧に調査した結果を、いかにして忙しい指導者や保護者に伝えるかにも心を砕いていて、その方法についての発表もあった。 

 

 

 

研究結果を要約や単純化する過程で、正確さを損なうことは避けなければいけない。しかし、指導の困難を抱えるコーチに、思い悩む保護者に、長く難解な論文を読んで、日常の助けとして欲しいと呼びかけることはできない。子どもと接し、忙しく生きる大人たちに、その余裕はない。スポーツ環境をよりよいものにすることを目的に、多くの研究はなされているのに、使ってもらえなければ、もったいない。 

 

 

 

正確でわかりやすく、すぐに思い出してもらえるように伝えることは難しい。しかし、彼らは逃げていない。その姿に心を動かされた。 

 

 

ミシガン州立大のイベントだけでなく、米小児科学会などの広報力にも目を見張るものがある。研究論文からインフォグラフィックにまとめるという作業をしており、特別な専門知識を持たない人間が(私のように英語を母語としない人間も)ひと目で見て分かるように作っている。また、その逆に、インフォグラフィックの出典元も読めるように、論文に戻ることもできるようになっている。  
 

 

私は人から教えてもらう正しさをよく疑ってしまう性格の悪い人間だ。それでも、仕事の一環として研究者たちの調べた結果を読み、そこから導き出されたスポーツペアレンティングを、知らず知らずのうちに日常生活で取り入れている自分もいた。(私事で恐縮だが、私には大学に進学したばかりの息子と高校生の息子がいて、2人とも幼児からスポーツをしている)。 
 

 

私が「これは使えるな」と感じたことは、他の人にも伝えたほうがよいのではないか、と考えるに至った。本の内容は私が独自に編み出した子育て法ではない。子どものスポーツをよりよいものにと願う北米やその他の国や地域の研究者たちの研究の蓄積を、日本の保護者や指導者にも、使ってもらえるようにと願って、私なりの説明と体験談を交えて紹介したものだ。 
 

 

話は少し変わるが、2019年1月27日付の朝日新聞電子版に「体罰はダメ、ではどうすれば? 悩み闘う指導者たち」という見出しの記事があった。  
 

 

この記事では、2018年8月、体操の日本女子代表候補だった宮川紗江選手への暴力をふるった速見佑斗コーチにも取材している。 

 

速見コーチは取材当時、宮川選手の指導を続けながら、メンタルトレーニングや心理学を勉強し、怒りの正体が何か、どうすれば感情のコントロールができるようになるのかなどを学んでいるとし、自分自身で分析をして、どういう時に感情が乱れているのかなどを深めているところだ、と述べていた。 

 

 

指導者でも、保護者でも、たいていの人はカッとなることがある。カッとしても、どうしたら暴力をふるわずに指導できるのか。個人の経験や気づきで乗り切る人もいるだろが、速見コーチが学んでいるというメンタルトレーニングや心理学などを、大勢の指導者が学べるようにしたほうがよいのではないか、と私は考えている。これまでの研究結果に基づき、現時点で推奨できる指導者の気持ちのコントロール法、メンタルトレーニング、心理学などを、広くスポーツ界に還元する時ではないだろうか。 

 

 

子どものスポーツをよりよいものにするには、指導者が変わらなければ、保護者が変わらなければ、と指摘される。しかし、目指す先はどこなのか、どのようにしたら変われるのか。そういったことを考えようと思っても、信頼できる情報源がどこにあるのか分かりづらいし、意外と少ないように感じる。これまでスポーツ科学の対象はスポーツをするアスリートを対象にしたものが多かったが、スポーツに関わる指導者、保護者、ファンについての研究をすることも必要だろう。選手である子どもはもちろん、成人したアスリートも、見る側のまなざしを多かれ、少なかれ、取り込んでいる。 

 

 

子どものスポーツの指導に迷ったとき有名強豪校の監督に話を聞くのもよいだろうし、子育てに悩んだときにトップアスリートを育てた親御さんの本を読むのもよいだろう。それだけではなく、科学的知見をもつ研究者たちがつながり、現状を何とかしたいと奮闘する指導者や保護者により沿ってほしい。それは、多くの人がアクセスできる方法でなければいけないだろう。なんだか、研究者の方に依頼するような書き方をしているが、これは、私がこれからやっていかなければいけない仕事でもある。